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東京日和

昔。20年以上前。
クラブの試合で合宿した東京の町で、天才アラーキを見た。多分。

となりを歩く女の人の方を何度も何度も、振り返りながら、しきりに、

「おもしろいねぇ。おもしろいねぇ。」

と繰り返していた。
女の人が、何と答えたかはわからないが、2人のニコニコとした笑顔は、印象に残っている。

多分、その愛しのヨーコだったのだと思う。

数年後、アラーキの写真全集を見てた時に感じたのだが、天才アラーキの撮る女の人って、美人度さがって写ることが多い気がする。
でも、ヨーコさんだけは、美人度が増して写っている気がした。

廃墟になっていくバルコニー。

人は、それでも、生きていく。
生きていかなければ、ならないのでしょうか?

 

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教室の悪魔

豊かになって手に入れたもの。この自由。
そして、この不安。
もともと、人間は、自由に生きられるようにつくられていないのかもしれないなぁ。自分が望んで、手に入れた自由なんだけれど。

かなり酷いいじめの現実と、それに対して、大人がしていかなければならないことが書かれています。
大人顔負けの。というか、子どもだからできる執拗さ。

大人ならある程度、いじめられても、それだけが世界ではないとわかるのだと思います。でも、被害者の子どもにとって、学校という場は世界のほとんどを占めている。逃げ場がない。
それは、加害者も理解していて、さらに追い詰めていく。

マスコミは、「責任」が好きだけれど、「責任」以上に、今やらなければならなければならないことがある。
もし、誰かに、「誰かが悪口言っていたよ」とご注進するヤツがいたら、そいつは、親切ではなくて、親切顔なトラブルメーカーだ。でも、そんないつも接している世間やマスコミに、そんなトラブルメーカーが、大きな顔してまかり通っている現実がある。

ほんと、マスコミ、ご注進好きですよね。

センセーショナルな「責任」で、解決に向かわずに、引っかき回して喜んでいるのも、多分、いじめが、少なくならない原因だと思う。

まぁそれでも、文句の1つも言わず(1つ、2つしか言わず)、大半の教師は、24時間教師をしている。
せめて、後ろから、鉄砲で撃つような真似だけは、しないようにしなければ。

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なぜ戦争はおわらないのか ぼくがアフガニスタンでみたこと

うーん、あまりにもアフガニスタンについて知らなさすぎるということで、読んでみた1冊。

石油が、1番の原因かと思っていたのですが、それは、イランとかイラクの方の話で、アフガニスタンとは直接的には関係ないみたいです。というか、産油国じゃないみたいです。

でも、泥沼の民族紛争が続く裏には、多くの人たちが1日2ドル以下で生活しているこの国で、戦争をしていれば、金が動くことに気づいた人たちがいる。
戦争というかたちの経済活動。

それはもしかしたら、舞台がアフガニスタンでなくても良かったのかもしれない。自分にさえ火の粉がかからなければ。そんな怖さを感じます。

そして、その経済システムのなかに、自分ももしかしたら取り込まれていないか?

だとしたら、もしかしたら、ものすごく根本にあるものを、わたしたちは、変えていかなければならないのかもしれません。

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せかいいち うつくしい 村へかえる

「せかいいち うつくしい ぼくの村」のシリーズ3冊目。
(多分)完結編です。

2巻でミドラーというキャラクターが出てきて、パグマンの村から出て行ったのは、このお話に続けるためだったのだと思います。

冬の後には、春が訪れる。
希望に満ちた終わり方で、子どもに読ませる本としては、「せかいいち うつくしい ぼくの村」だけを読ませるよりは、とっても正しい終わり方だと思います。

でも、その物語の裏で、戦争が続いていることを、大人は決して忘れてはいけない。

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ぼくの村に サーカスがきた

「せかいいち うつくしい ぼくの村」の続編。
実は、前日譚だとも聞いていたのですが、真相は、ちょっと違ったみたいです。

「せかいいち うつくしい ぼくの村」では、語られなかった「秋」のエピソードが中心です。

今回は、ヤモが主人公ではなくて、ミラドーという少年が主人公です。
ミラドーが村からでていくお話です。

ミラドーは、サーカスについて行くのですが、やっぱり人々は暖かくて、優しくて、貧しくはあるのですが、悲惨な感じはありません。

そして、ラストシーンは、「せかいいち うつくしい ぼくの村」のラストシーンにかぶるのですが、救いがかかれています。

次の「せかいいち うつくしい村へ かえる」に続いていく、希望のあるラストシーンです。

衝撃度は減ってしまっていますが、やはり、こういう未来が暗示されている方が好きです。その分、実はこっちの方が残酷なのかもしれませんが。