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ミラ・クル・1 宙ポコ/宙犬トッピ 藤子・F・不二雄大全集

コロコロコミックスに掲載された短期で終わった連載ものを集めた回のようです。
パーマンごっことか、素敵だなぁと思いました。

まぁ、F氏の少年もののいつもパターンといえば、いつものパターンです。
なので、それぞれが、より有名な「ドラえもん」であるとか、「パーマン」であるとか、「キテレツ大百科」とかに入れ替えてもおかしくない感じです。
逆にいうと、出来も、それらの作品と甲乙つけがたいもので、上質です。だから、有名な方の作品に統合されていってもおかしくはないのかなぁ。
少なくとも、商業的には、正しい感じです。

なんで、これらの作品が消えていって、有名な方が残ったのかというのは、分析してみるとおもしろいかも。
時代背景的なものも大きいとは思いますが。

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ドラえもん11 藤子・F・不二雄大全集

けっこう、自分のことをドラえもん博士だと思っていて、知らない「ドラえもん」なんて少ないはずだったのですが、全然、知らない話ばかりです(笑)

そうか、この時代は、もう自分は「ドラえもん」を卒業していたのか、そして、卒業した後も、ずっと「ドラえもん」はそこに有り続けたのかと思うと、ものすごくふしぎな感じがします。

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ドラえもん10 藤子・F・不二雄大全集

前巻あたりが、自分と同学年のドラえもん。

そして、このあたりは、自分より1年下の学年が読んでいたドラえもん。
このあたりで、ほぼ「ドラえもん」から卒業しちゃったあたりみたいです。ほとんど知らないお話ばかりでした。

自分より、上の学年のドラえもんは知っているのに、自分より下の学年のドラえもんは知らないということは、ぼくたちは、のび太と一緒に学年を上がっていき、そして、ドラえもんを卒業していったっていうことなんでしょうね。

バンダムとか知ってたら、けっこう大喜びしたと思います。

永遠に続くモラトリアム的な時間だと信じ込んでいたけれど、時々示されるその先には、やっぱり意味があったのだと思います。
ふしぎな感じがします。

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フランバーズ屋敷の人びと1 愛の旅だち

実は、これ小学生時代に読んだ本なんですよねぇ。従姉のところからおさがりでもらってきた本のなかにあった1冊です。従姉は、多分、読書感想文コンクールの1冊だったので購入したものだと思います。例の感想文コンクールのシールが貼ってあった記憶があります。

その当時は、「キャンデー・キャンデー」なんかがはやっていて、わたしの心の中のノリでは、そんな感じで読んでました。多分、時代とかは、同じぐらいじゃないかと思うんですよねぇ。飛行機の黎明期。

あと、自分の中で「愛」のブームみたいなのがあって、「愛の一家」とか、そんな、題名に「愛」がついた本を集中して読んでいた頃だった気がします(笑)なかなか笑える小学生だ。うーん、多分、「すくらっぷ・ブック」とか読んでいたころですね。
これも、読んだ当時のハードカバーの本の題名は、「愛の旅だち」でしたから。「フランバーズ屋敷の人びと」の方が、副題でした。
多分、「フランバーズ屋敷の人びと」に(1)という数字がついていて、続編があるのは知っていたけれど、その当時は、自分で本を探すなんてことはまだ想像もしていなかったのです。
本は、兄や、従姉たちからお古をもらうものか、親に買ってもらう者だと思っていました。
まあ、ハードカバーの本なんて、その当時のこずかいでは、手に届くものではないですからねぇ

続きを見つけるのは、それから、中学校ぐらいになってから。図書館でみつけた岩波少年文庫に、このシリーズがあることを知って、多分、3巻までイッキ読みした記憶があります。
その時も、1巻から読み直していた記憶があるから、今回読むのは、きっと3回目です。
で、めちゃくちゃ、おもしろかったんですねぇ。で、3巻目に、「まだ続きがある」とか書かれていて、気になっていて、そのまま大人になってしまったという……。

大人になってからも、しばらく探したりしていたのですが、岩波少年文庫では、絶版になっていたようで見つからなかったのです。
まあ、けっこう探していたのですが、ないなぁとあきらめかけていたのは、10年ぐらい前。

それから、復刊ドットコムにお願いしたのが、今たしかめたら、5年ほど前でした。

で、2008年に荻原 規子のファンタジーのDNAを読んで、また、これ再読したい熱があがってきて、本屋さんで、岩波少年文庫の前をうろつくようになりました。
小学生時代からかぞえて30年ぐらい。このしつこさに自分でもあきれますが、それだけ魅力的な本なんですよ。
まあ、ずっと探していたわけではなくて、ときどき思い出したてというのが、正直なところですが。

そして、これが、これが、この前、タイムリーにも再版されて、復刊ドットコムから通知が来て、さっそく買ってきました。
まあ、読み出すまでに、けっこう時間がかかっていますが。

大人になってから読んでみた感想なのですが、メチャクチャおもしろいです。子ども時代のフィルターがかかっているだろうなぁと思っていたので、そこまで期待していなかったのですが、期待以上でした。
あぁ、自分の感性は、小学生時代も、間違っていなかったんだなぁと感動しました。人から見たら大間違いでも、自分としては一貫しているなぁと。
まあでもそれは、実は、感性が間違っていないのではなくて、こういう本によって、自分の感性が形作られたというのが正確なのかもしれません。

「すくらっぷ・ブック」とか、「ドラえもん」を再読して、基本的な自分の考え方って、ここからきているなぁと思うのと同じぐらい、自分がこの小説に影響うけている、自分の骨肉になっているがわかります。

今回、読んでみてものすごく強く感じたのが、どの登場人物も、大好きだということ。

乱暴者のラッセル含めて、大好きなシーンがあって、けっこうそれを覚えています。

マークなら、「ぼくはここにあるすべてのもののために戦うぞ」というところ。

ラッセルなら狩猟開始の日、みんなを見送っている姿(これは、実はわたしは、自分で勝手に後から想像したシーンだと思っていました。でも、ちゃんとあってビックリした)。

クリスチナなら、最初は抵抗があった狩猟に、出かけたとたんに魅入られていくところ。

ウィルが、ウッドピジョンを、「まだこわい」と言うところ。

たくさんの情景。登場人物たちの心の動き。

ウィルの強情なところは、多分、ラッセルの血も色濃くひいている。主人公クリスチナも、魅力的だけれども、欠点がないわけではけっしてない。
なんていうか、そういう、人っていうのは、単純なものではなくて、いろいろな角度から見ていくものなんだよということを、ものすごくこの小説に教えられたような気がします。
人だけではなくて、社会の構造も、矛盾を抱えながらも、美しいもの、守るべきものはあるのだということも。
現実の厳しさも、そして、その楽しさも。

これ読んだ時って、「かけおち」の意味がわからなくて、そういえば、親に意味を聞いて、「なにでそんな言葉を知ったの?」みたいに追求された記憶があります。そういう意味でも、自分にとっては、大人の階段だったみたいです。

1巻を小学生時代に読んで、2巻目を中学に入ってから読んだというのは、自分にとってはラッキーな読み方だったんだなぁとも思います。
2巻目では、主人公たちは、新婚生活。まあ、小学生の入る隙間のある世界じゃなさそうですから。

単純にとらえると、とらえ間違えをする。例えば、これは反戦ものではないんです。その時代の人の見方というのもあるし、その限界を超えていくという部分もあります。

ふたつの世界の狭間みたいなお話がすきなんですが、あんがいその好みも、この本とか、その頃すきだったヘッセとかが作っていったのかもしれません。

あぁ、いい読書をした。

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ドラえもん9 藤子・F・不二雄大全集

懐かしいわ。
やっぱり、このあたりの「ドラえもん」は、自分の育った年代なだけによく知っています。

静ちゃんのお父さんと静ちゃんの会話に泣きます。いいわぁ。それに感動している俵 万智の子どもにも乾杯。
本物を見抜く力って、わりとあるんだなぁと……。